◆金曜の深夜、偶然チャンネルが合ったNHKの「ミューズの微笑み」にピクチャーウィンドーがシンボルの中札内美術館村が紹介されていたので見入ってしまった。というのも、かれこれ30年近く、僕の住まいは「移ろい続ける窓」がテーマで暮らしてきたからだ。◆写真はNYに建つ「ニール・ディナーリ」 Neil Denari の「HL23」というレジデンス。
◆さて、尊敬する建築家を一人挙げろと問われれば、僕は迷わず、生涯に描きまくった手書きの図面点数が、家具、照明器具、等も含まれるが1万を越えるフランク・ロイド・ライトを推挙する。まるで、6万点以上の作品を残した建築のピカソだ。建築家は自邸を除けば、自分の好きなように作品を創る美術家とは真逆で、クライアントあっての作品ゆえ、図面点数と実建築とは一致しない。野球なら生涯打率3割強で歴史に残る大天才だが、ライトの実建築は800くらいだから、描いた図面の90割以上は陽の目を見ない幻のお蔵入り。歴史的空振りの三振王でもある。しかし、800は凄すぎる。空振りも凄すぎるけど。まるでERな24時間体制で臨まなければ到底、描ききれない。しかもそれは、これでもかー、これでもかー、と、命がけでダメを描き続けるわけだから。没91歳の長寿とはいえ、コンピューターもない時代に、前人未到の熱血塊だ。もう永遠にかなわない。全15巻の作品集は越えようもない。そして、かなわないのは、数もさることながら、彼の真剣、真摯な色恋満点の人生から沸きあがる、まさに人の一生を包むにふさわしい細部に至るまで精気に満ち溢れている空間だ。色恋、精気が希薄な安藤忠雄とは対極だ。乱暴に言いすぎれば、僕は色気のない人生も作品も大きらい。だから、80年代の一部の小建築を除けば安藤忠雄や伊東豊男の建築には、まるで魅力を感じない。夜と昼で1日であるように、クールとエロスは一体のもの。クールなディディールだけでは人が暮らす建築にはならない。生への性への精への深い思慮と甘辛が濃く生かされなければ。もっともっと色恋で艶っぽい潤いのある実人生を積み倒してから建築せよ!と、受勲もされている大先輩には無礼すぎるが、ついついオカダ節@大声になってしまうよ。うぉっと、みんな大好きな安藤批判で、逆非難を浴びそうだからこの辺でーー。 ◆ま、そんなわけで尊敬する建築家、海外編なら 1.フランク・ロイド・ライト 2.ガウディー 3.ル・コルビジュ 4.オットー・ワーグナー。 日本編なら 1.白井晟一 2.丹下健三 3.黒川記章 4.谷口吉朗。 刺激を受けた建築家なら、80年代の高松伸。現在のヘルツォーク&ムーロン(スイス・バーゼル生まれの57歳建築家ユニットH&deM )。 ◆とにかく、1000年後にも残っている建築を1000年前に創造して、その時代に猛反対されながらも強引に建ててしまう。それが建築家の仕事なのだから。そんな現代建築が一体いくつあるんだろう? 建築だらけの、建築家だらけの、建築雑誌だらけの、首都東京に?この日本に?なんですねー。理念も思念も怨念も詰まった、そんな気概と志ある建築家はどこにいよう?教えて欲しい?「カーサ・ブルータス」のお若い諸兄!◆さてさて、偉そうな話は一気に等身大へトーンダウンで、好きな建築家なら、僕は同世代の米建築家、ニール・ディナーリ(51)。トップの写真が、そのニール・ディナーリのNYに建つ「HL23」というレジデンス。 写真2は、90年代の初頭、35歳の時の我が家。写真3は、明治神宮の森と神社本庁をのぞむ今の原宿・北参道の住みかからの風景。
◆さて、尊敬する建築家を一人挙げろと問われれば、僕は迷わず、生涯に描きまくった手書きの図面点数が、家具、照明器具、等も含まれるが1万を越えるフランク・ロイド・ライトを推挙する。まるで、6万点以上の作品を残した建築のピカソだ。建築家は自邸を除けば、自分の好きなように作品を創る美術家とは真逆で、クライアントあっての作品ゆえ、図面点数と実建築とは一致しない。野球なら生涯打率3割強で歴史に残る大天才だが、ライトの実建築は800くらいだから、描いた図面の90割以上は陽の目を見ない幻のお蔵入り。歴史的空振りの三振王でもある。しかし、800は凄すぎる。空振りも凄すぎるけど。まるでERな24時間体制で臨まなければ到底、描ききれない。しかもそれは、これでもかー、これでもかー、と、命がけでダメを描き続けるわけだから。没91歳の長寿とはいえ、コンピューターもない時代に、前人未到の熱血塊だ。もう永遠にかなわない。全15巻の作品集は越えようもない。そして、かなわないのは、数もさることながら、彼の真剣、真摯な色恋満点の人生から沸きあがる、まさに人の一生を包むにふさわしい細部に至るまで精気に満ち溢れている空間だ。色恋、精気が希薄な安藤忠雄とは対極だ。乱暴に言いすぎれば、僕は色気のない人生も作品も大きらい。だから、80年代の一部の小建築を除けば安藤忠雄や伊東豊男の建築には、まるで魅力を感じない。夜と昼で1日であるように、クールとエロスは一体のもの。クールなディディールだけでは人が暮らす建築にはならない。生への性への精への深い思慮と甘辛が濃く生かされなければ。もっともっと色恋で艶っぽい潤いのある実人生を積み倒してから建築せよ!と、受勲もされている大先輩には無礼すぎるが、ついついオカダ節@大声になってしまうよ。うぉっと、みんな大好きな安藤批判で、逆非難を浴びそうだからこの辺でーー。 ◆ま、そんなわけで尊敬する建築家、海外編なら 1.フランク・ロイド・ライト 2.ガウディー 3.ル・コルビジュ 4.オットー・ワーグナー。 日本編なら 1.白井晟一 2.丹下健三 3.黒川記章 4.谷口吉朗。 刺激を受けた建築家なら、80年代の高松伸。現在のヘルツォーク&ムーロン(スイス・バーゼル生まれの57歳建築家ユニットH&deM )。 ◆とにかく、1000年後にも残っている建築を1000年前に創造して、その時代に猛反対されながらも強引に建ててしまう。それが建築家の仕事なのだから。そんな現代建築が一体いくつあるんだろう? 建築だらけの、建築家だらけの、建築雑誌だらけの、首都東京に?この日本に?なんですねー。理念も思念も怨念も詰まった、そんな気概と志ある建築家はどこにいよう?教えて欲しい?「カーサ・ブルータス」のお若い諸兄!◆さてさて、偉そうな話は一気に等身大へトーンダウンで、好きな建築家なら、僕は同世代の米建築家、ニール・ディナーリ(51)。トップの写真が、そのニール・ディナーリのNYに建つ「HL23」というレジデンス。 写真2は、90年代の初頭、35歳の時の我が家。写真3は、明治神宮の森と神社本庁をのぞむ今の原宿・北参道の住みかからの風景。
◆写真2 今から18年前の1990年、35歳の時に住んでいた裏参道の我が家。天高7メートルのピクチャーウィンドウからは、月明かりも、雪明りも、眩しい陽光も差しっぱなしの24時間。刻々と移り変わる四季が差し込み、藻岩山を望む窓はカーテンいらず。
◆写真3 2003年から住む今の家は、明治神宮の森と空だけが切り取られたご覧の風景。ピクチャーウィンドーには、月明かり、雪明り、満点の星空に、気ままに遊ぶ綿雲と、沈む太陽、白根の富士山、四季折々が差し込み望むカーテンいらずの24時間。寝ると視界は夜空だけ。まるで天空に寝る気分。星の月の軌道が時計代わりだ。
◆視界に入る唯一の建物が神宮の森に浮かぶ渋谷HNK(写真左)。◆10年前のワケあり離婚でやむなく都落ちして5年。おまけにその後の恋愛貧乏で、益々、窮地に追い込まれた土俵際。やむなく利便性のみで原宿に相棒タロと住む今の身としては、試練の離婚劇からの再起に、公私ともども手を貸し、支えていただいた恩人たちに恩の返済が済んだ暁には、隣家を買い求めて2軒続きに改装して終の棲家にしたいなぁーなどと考えもする今日この頃。しかし、細胞は雪ふる故里を求めて、後ろ髪が引かれる。自分の意思で東京に来た15歳。自分の意思に反して再び東京に辿り着いた48歳。運命に翻弄された果てに、僕は、この地が人生最後の舞台と覚悟して臨んだのだから。。。 渾身の遺作創りに邁進あるのみか!
【追伸】
◆写真は、28年前(1980年)、25歳で初めて買ったマンション(3DK)を、当時の建築基準法内ギリギリで窓枠まで取り替えて改装した、一応ペントハウス(7階建ての7階)。当時の愛犬ワイヤー・ヘアード・フォックス・テリアのゲッツ君とのふたり暮しから始まった。きっかけは、リチャード・ギア主演映画「アメリカン・ジゴロ」で、劇中、彼が住むアルマーニに囲まれたワンルームのペントハウスだった。ミーハーの極みだねー。 ◆そして、何と言っても、日本のピクチャーウィンドーの傑作は、あのイサム・ノグチが仰天した、わが師、松井力氏邸。建築も空間も越えた「美」の回答だ。 ◆1983年「vivre」でデビューして、1986年竣工の「PARADE」ビルを最後に建築をしていない幻の建築家としては、そろそろ、人生最後の建築を本気でしたいと燃えているのだが。遺作にふさわしい1000年先に開かれるピクチャーウィンドーを。「シブヤ3109年」を。はてさて、一体この先どうなることやらだ。。。
【参考】
(1)
(2)
「建築家の志」
「建築家トランプ」
「未来との遭遇」
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