2008/12/10

タワシタとカナユニ

1964年の東京オリンピック、僕は小学4年生だった。10月10日の開会式当日、学校は半ドン。集団下校して、家の白黒テレビの前に家族は集まった。翌1965年、僕は生まれて初めて飛行機に乗り、生まれて初めて洋式トイレのあるホテルというところに泊まった。赤い鶴のマークの「日本航空」と東京オリンピックの為に、ほぼ国策として建設された日本初の近代ホテル「ホテル・ニューオータニ」。そのホテルは1967年、007シリーズ第5作「ジェームス・ボンドは2度死ぬ」で悪の根城として世界デビュー。それから10年。高度経済成長を謳歌した1977年には、推理小説作家 森村誠一のベストセラー「人間の証明」の映画化で事件の鍵となる重要な舞台となって日本中が知る所となっていた。この「人間の証明」は人気作家の原作を映画化したという事よりも、二代目角川春樹が先代から角川書店を引き継ぐと同時に立ち上げた角川映画によって制作された事の方が怪訝にスキャンダラスに報じられていた。というのも当時一介の中規模出版社が映画制作会社を起こす何て、誰一人想像だにしない異例の事件。だから映画は否が応でも知名度を上げ、角川春樹の名は、時代の異端児として話題をさらった。しかもその話題作りはさらに巧妙で、時の俳優 松田優作を主役に迎え、本と主題歌の出版と映画の公開を同時に広告宣伝するという前代未聞の画期的な戦略が大当たり。それは確信犯角川春樹が既存の、映画、出版、音楽、広告、芸能、放送、各界へ放った奇襲攻撃。今で言えば、コラボ、タイアップ、メディアミックスの先駆けとして、業界に経済界に横断的プロデュース革命の証明をもたらした。さらに映画にも出演したジョー山中が歌った主題歌は50万枚を超える空前のヒットを飛ばし、劇中ジョー中山の台詞でもあった「母さん、僕のあの帽子どうしたでしょうね ええ、夏、碓氷峠から霧積へ行くみちで 渓谷へ落としたあの麦藁帽ですよ...」 は、本の、映画の、CMで耳にし、広告で目にし、ジョー中山が歌うその台詞を、多くの人が口ずさんだ。そんな社会現象を巻き起こした角川ビジネスは、まだカラオケも流行語大賞も生まれるはるか以前の1977年、日本が高度経済成長期を終え、新たな潜在需要を掘り起こす時代の幕開けとして鮮烈に記憶されている。


考えてみれば、ハードボイルドをポピュラーにした「ジェームス・ボンド」、日本の現代推理小説の草分け「人間の証明」、ホテルとバーとは、甘い香りの葉巻にいぶされ、しみる強酒にいやされる、そんな男に立ち振る舞まわせる男子が唯一エスケープできるファンタジーなのかもしれない。ま、政治力はともかく、麻生総理のホテルで葉巻。許されますって。だもの、文士たちが著書に記した店や味に読者が魅了されるのも納得か。池波正太郎は粋なグルメの神様だし、没後は書生だった佐藤隆介に神は引き継がれたし。そもそも、レイモンド・チャンドラーへミングウェイ、日本なら開高健、1980年代を代表するハードボイルド作家 北方謙三と、旅酒愛犬と車、そして美食と美女って、寡黙で群れない男の嗜み?下戸で多弁な僕としてはおよそ不釣合いな世界なんだろうけど。しかし、父がくだんのホテルを建設したゼネコン勤務だったせいで、実は子供のころから鮨屋にクラブにと、どこへ行ってもオーさん!オーさん!と呼ばれてはサインひとつで父の付け払いだった身。というのも、大手ゼネコンの土木といえば、まさに政治家がお役人が営業相手。土木は国費を費やす分野、選挙もからみ贈収賄問題の巣窟だったわけで。日々接待の行き先は、料亭、名店、ホテルのバーにレストラン、そして銀座のクラブだ。時は高度経済成長のど真ん中。いつ逮捕されてもおかしくない巨額が蠢く贈収賄があたり前の時代。寡黙で無骨で家族サービスなんて不慣れな企業戦士の父は、たまの休日となれば、何も考えずに事足りる行きつけのホテルや料理屋に家族を連れて行っては振舞った。およそ文士の食道楽とはかけ離れてはいたけれど、お陰さまで、小生意気にもそんな場に慣れ親しんで大人になってしまっては、社会人として自立してからも身分不相応ながらこなれたもんでホテルを上手に使い、大人の名店に若造は通っていたわけだ。ところがおかしな事に、40も終りの50真際に出会ったEXGFのリブ様のお陰で、ファミレスもファーストフード店も行くようになって、変な話、今度は逆に、子供たちが遊ぶ店が物珍しく、また面白くヘビーユーザー。それもこれも、慌しく働くエンタメ業界の女社長リブ様には高校生になる一人娘がいたからなんだろうけれど。そんな、もはや自分の子供のような世代と仕事をする年代になって久しいが、TGPAIR(東京ガールズプロジェクト)&(アーティスト・イン・レジデンス)の忘年会を来る20日に催すかと思案を始めて、思い出したのが、今日のお題「タワシタ」と「カナユニ」だ。いつもながら前説が長すぎる野暮で失敬。


創業1966年、語り継がれる伝説満点の「カナユニ」赤坂と三田のお香が誘う食蔵「アダン」。

さて、東京はオールド文士もニュー文士も、いわゆる文化人系職業人が多数生息しているので、良くも悪くも一見さんお断り「紹介者がなきゃダメ店」がかなりある。ま。そんな事いわずとも、 店主の藤村俊二さん自らとっても気さで居心地の良いお店とは言え、お値段が100万円級のワインリストも並ぶワインバー「O'hyoi's」では、必然的にお連れ様も含めて財布の中身を気にせず遊べる芸能人が多く集うことになって、自然と住み分けはなされるんですがね。また家の近所でも、キラー通り沿いにあるデニー愛川さんのここぞバー「HOWL」は、悦楽放蕩気取りのハードボイルドな男子の社交場。オーナーが年月かけて育んだ国産リキュール「星子」の名店。そんなロマンが暖かいノーブルな闇に仕上げているんですが、何せ紹介者と行かねば入店は出来ずでゴメン。神楽坂で現役の芸者として鳴らす千佳さんのワインバー「Chika」は、黒塀界隈の横丁に佇む侘びた古民家の外観とは裏腹に、店内は妖しい赤の世界。その色気と葡萄酒にはディープに酔わされますわ。大人の逢瀬にうってつけ。年季が入るとは、店の空気も味が染み艶めくのかを堪能できるは元赤坂のレストラン「カナユニ」。店の創業期1966年、三島由紀夫も夜会のあとにはオニオングラタンスープにぞっこんだったと記している伝説満点店。しかもレストランではあるけれど毎夜、シャンソンやジャズの生演奏が入り、名実共に大人の夜遊びお夜食にはこの上ない食処。界隈は鹿島建設、サントリーの本社が並び、かの魯山人最後の弟子 辻義一 さんの懐石料理「辻留」も何気に店を構える。そして、何やらカウンターの入り口から一番近い席が松田優作。二番目が三島由紀夫。三番目が石原裕次郎岡本太郎は何番目だったか?と、各時代の皆さんには指定席があったそうな、宴席はそんな前菜話からすっかりくつろぎの晩餐が始まりまるってわけだ。三田の「アダン」も敷居は低いが微妙に不便な立地が広告系文化人には人気のリトリート。かつて芸能人や文化人が競って住まった高層セレブマンションのはしり三田ハウスの裏手に位置し、今も往時の残り香が漂う中途半端な近レトロがまた美味しい。ついでに添えれば、この通り沿いにある車の町工場は必見。誰が所有?何処から来たの?と、ビンテージな名車ばかりが入院中で時を忘れて見ほれてしまう。お題のタワシタ」は店名を裏切ることなく、文字通り東京タワーの真下。驚異の至近距離から東京タワーを仰ぎ見上げるフレッシュなアングルに感動もん店。業界屈指の売れっ子作家小山薫堂氏プロディースで放送、芸能界の方々には絶大な人気。看板もサインも何もなく、住所も電話番号も非公開ながら、東京で一番わかりやすい店であるのもオツなトコロだ。窓際席が取れて、運良くタワーが灯るトワイライトな時に、タワーが消されるミッドナイトな時に居合わせれば手品のごとくちょっとしたイリュージョンに宴席もときめく。それにしても、店主の人気とリンクして、いつも美味しく賑わう業界屈指のダイニン グ~で、そのまた階下には、ご紹介なしでは入れないスノッブなワインバー「ゾロ」が。おまけに、腹も心も至福で満たして店を出ると、朱色のタワーに止めを刺され、愉快な夜に感嘆することうけあいであります。なぁ~んて解説してたら肝心の予約全滅!そりゃそうだよ。クリスマスホリデーの渦中じゃね。さてさてはてはて、どこにしようか忘年会場。。。みなさま妙案はありませぬか?

ここは業界らしくラグジュアリーでノーブル(らぐの)な旅・味・宿を語らせたら天下逸品の寺田直子さんのブログをどうぞお召し上がりくだされ。

《以下、本日のメニュー》

ワインバーO'hyoi's
気さくです。居心地よいです。でもお財布は大き目を。
東京都港区南青山4-1-1 アルテカベルテプラザ地下1階
03.5410.0412
ここぞバーHOWL
住所・電話番号は非公開。でもお店はすぐわかります。
ビクターがあるキラー通り沿いに面してますから。
ワインバー「Chika
黒塀横丁を彷徨うこと必至。見つけニクイが神楽坂。
東京都新宿区神楽坂4-5
03.3260.6353
レストラン「カナユニ
どの年代のお供とも安心して楽しめるは店の余裕。
東京都港区元赤坂1-1 中井ビル地下1階
03.3404.4776
蔵入りアダン
お香の香りに導かれると辿れます。
東京都港区三田5-9-15
03.5444.4507
レストランタワシタ
住所・電話番号は非公開。
しかも看板もサインも一切ありませんが、
お店は店名どおりですぐわかります。
東京タワーの本当に真下。足元ですから。
東京都港区東麻布1-9-3(事務所ビルの2階)
ワインバー「ZORRO
「タワシタ」同様、住所・電話番号は非公開。
しかも看板もサインも一切ありませんが、
東京タワーの本当に真下。足元ですからね。
東京都港区東麻布1-9-3(事務所ビルの1階)

P.S.100年に一度の世界的不況感ただよう年末とはいえ、街は忘年真っ盛りですネ。

 
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