2009/09/26

生け贄


アニメ市場は北米だけで5200億。世界では2兆円。国内のゲーム市場で5800億。生まれたての生活密着型ロボット市場は今年500億。関連する国内のコンテンツ市場がざっと15兆円らしい。ちなみに世界一の自動車企業トヨタの売り上げが18佻だよ。さらにコアなオタク市場は5000億だって。以上、コンテンツ産業の様々なデータがまとめられた『デジタルコンテンツ白書2009』より。しかしこの市場を全世界規模で見て、未来を見据えると実に頼もしい日本の経営資源、無尽蔵な日本の文化産業、世界商品だ。これにデコ盛り流行りの「東京カワイイ」女子市場に、リアルストリートなアパレル系コンテンツや広告を加えると、一体どんな市場規模になるのだろう?さらに巨大な関連するデジタル電子機器、ハードウエアーが加わるんだから。「アニメの殿堂」が選挙目当てのスローガン「税金の無駄使い」の生け贄にされて悔しぃーッ!思考が化石、視野が足元、ネガティブなメディアに煽られた無知蒙昧な国民も悪いが、そんな国民に手モミですり寄る政治家はもっと悪いよ。文化をわきまえない人たちによる民主主義ってほんとに危険だ。「不要のハコもの」って言うけれど、それを言えば東京中見渡して官民上げて「不要なハコもの」建築だらけ。こんな文化意識じゃ日本には、1000年後に残しうる建築文化、未来の産業、新しい雇用も税収もありゃしない。これじゃ現代の日本から未来の世界遺産は、生まれないぜ。アニメの殿堂は、世界が詣でるエクストリームカルチャーのメッカ、未来のピラミッド建造ぐらいの価値ある国家的プロジェクトなんだけどネ。最低でも1000億はかけなくっちゃ。歴史的建造物とはほど遠い、あの貧相な六本木ヒルズでさえ800億だ。どうする建築ラブ&カルチャー好きなお若いみなさん!プンプン!

2009/09/25

飛来した平和の使者から58年


たいがいのクラシック映画(ここで言うクラシックとは、1955年生まれの僕より古いという定義)は、映画にハマった60年代後半の高2ごろから、ほとんど見尽くしているはずなのに、と言っても当時17歳、そこから20年くらい前のフランス、イタリア映画全盛期のモノに、やっと総天然色と書かれたカラー時代が到来したハリウッドの大作映画などだったけれど、まだまだ見逃している不思議な秀作があるもんです。デビュー当時はスレンダーで寡黙な役が多かった、どこかハリウッドらしからぬ欧風のジェニファー・コネリーも、今やアラフォー世代。すっかり熟れた美貌にインテリ感が漂い、ますます好きな女優っーか、きっと今の彼女が理想型なのかもで「ブラッドダイヤモンド」以来、近作は見続けていたら、昨年末、キアノ・リーブスと共演したリメイク版「地球が静止する日」が公開になった。その時からオリジナル版の「地球の静止する日」The Day the Earth Stood Still(1951年公開)を見たいと探していたら、昨夜、偶然にもスカパーでオンエアされていて、見る予定だった「CSI 科学捜査班」をさしおいて、その不思議な秀作に魅入ってしまった。それがどう見ても低予算のチープなB級品。ところが旧ソ連に始る共産主義革命が猛威をふるい始めた50年代、全米が驚異を抱いたコミニストとワシントンに飛来した宇宙人とがかぶり恐怖をあおるヒッチコック風味なSFだ。しかも宇宙人の飛来目的が米ソの核戦争を回避するための平和の使者という設定で、単純すぎるけどネタは純度高いA級。世界が共産主義革命に怯えた当時を思えば、その高尚なテーマに唸ってしまった。それも時ちょうど昨日は、オバマ米大統領が議長を務める国連安保理で、核廃絶案が全会一致で採択された歴史的一日。飛来した宇宙人の警告から58年。世界が一致するって本当に時間がかかる。そんな感慨深〜い蔵出しのクラシック映画にしびれたのでありました。

地球の静止する日」The Day the Earth Stood Still(1951)

2009/09/22

草原・渓谷・密林 ですごす。

世界一律儀な人混みで暮し、世界一最先端のデジタル画像で、PCをTVをFILMを見続ける濃密な24時間。いいかげん視覚はかすみ感覚はぼやける。そろそろ快適な自然にひきこもり。太陽と月と星あかり。風と雲と空もよう。自然のざわめきに遊ばれたい。彼女の気まぐれと戯れたい。なーんて夢想する深夜の原宿。



草原ですごす。
ケニアのサバンナ「LARSENS CAMP




渓谷ですごす。
オーストラリアのヴァレー「Echoes Boutique Hotel & Restaurant




密林ですごす。
コスタリカのジャングル「Rancho Pacifico

ゴッフォの手紙。オバマの演説。国連のハトヤマ。

西洋を模して導入された政治制度を施行して120年。日本で初めて起こった今回の政権交代の引き金ともなった選挙のスローガンが脱官僚政治。国民がNO!を突きつけたのは125年も続いた官僚支配だ。しかしその官僚支配の起源が、幕末、西洋文化の吸収と模倣こそが新しい国作りの美旗と、開国・倒幕に気負った薩摩藩勇士たちによって19世紀末のパリ万博に3度も名刺代わりに出品した日本の文化営業だったとは皮肉な話。日本の西洋かぶれ「舶来信仰」はここから今なお連綿と続いてきたわけだ。しかも当の西洋の、中でもハイソなインテリが集ったパリでは、かつて、より遠くのまだ未知の地を目指した略奪侵略の大航海時代には、ついに行き着けなかった謎の極東の離れ小島日本は、マルコ・ポーロが記した略奪旅のうわさ話、見果てぬ謎の「黄金の国ジパング」と夢想されていたのだから。そんなエキゾチックジャパンが自ら出向き突然の西洋デビューには、パリの西洋のインテリたちは目から鱗、腰を抜かし、薩摩藩士の思惑とは裏腹にパリでは日本文化が大ブレーク「ジャポニズム」が大流行だ。それもそのはず西洋は、富の戦利の権力の象徴として、足して足して足しまくる略奪の果ての豪華絢爛な足し算のデコラティブ。方や日本は、そんな栄華の極みを誇示する装飾過剰なパッチワーク文化とは対極に、自然界の理にかない無駄を省く合理な質実剛健。引いて引いて引きまくる謙虚な引き算のミニマリズム。彼らはそんな四季折々の自然から会得したミニマルな形状を生む「匠」と、色彩の「雅」が織りなす「芸」と「技」にカルチャーショックだ。まるで今の「東京カワイイ」のようにジャパンオタクと化して浮世絵、陶磁器、漆工芸、などなどをむさぼり買いあさり日本に熱狂。そんなジャポンオタクたちのジャポニズム(日本美から学んだ日本趣味)のニックネームが「印象派」。そしてその旗手、究極の日本オタクこそ、晩年、日本の風景に近いとアルルに移住し日本庭園までしつらえたフィンセント・ファン・ゴッホだった。ゴッフォは唯一の理解者で彼のアートディーラーでもあった弟テオに日々の胸中を手紙にしたためたことはつとに有名だが、その手紙集に彼が日本文化の真髄を知り得た事を表す興味深い、こんなくだりがあるのです。


以下、ゴッフォが1888年9月24日付けで弟のテオドルス・フォン・ゴッフォに宛てた手紙のくだり。(著作翻訳:三浦篤「ゴッフォの手紙」より)

『日本美術を研究すると、間違いなく賢者であり、哲学者であり、知的な人物に出会うが、その人は何をして時を過ごしているのだろうか。(中略)彼はただ一本の草の芽を研究しているのだ。しかし、この草の芽が彼にあらゆる植物を、ついで四季を、風景の大いなる景観を、最期に動物、そして人物を描かせることになる。(中略)さあ、まるで自分自身が花であるかのように自然の中に生きる、こんな単純なこれらの日本人が教えてくれるものこそ、ほとんど真の宗教ではなかろうか。』

そもそも西の言葉「カルチャー/ culture」(文化)とは、その語源が「カルチベート/ cultivate」(耕す)で、そのまた語源は「カルト/ cult」(祭る)と、英語の語源、西の言葉の起源、ラテン語にはそう記されている。つまり、文化とは農業。「アグリカルチャー/ agriculture」と言われるとおりだ。生命の進化の過程で人類だけが持ちえたカルチャー(文化)とは、まさしく生き抜くために必然的に培われてきた食文化体系を指す。か弱き人は、集団で生活(社会)を必要とし、その集団生活(社会)を養うために、肥沃な土地での定住農耕から始まった。そう、あの四大河文明。ナイル川、チグリス&ユーフラティス川、インダス川、黄河の。だから、カルチャー(文化)の言葉の起源が示すとおり、天恵の地をカルチベート(耕す)し、来年も豊作でありますように、洪水や日照りなど天災に見舞われませんようにと、人の力を超えた、人の希望など聞かない大自然に畏敬の念を抱き、五穀豊穣を願い、天をカルト(祭る)してきたわけだ。文化とは定住したその地の自然環境、気候風土が、そこでの生き抜く知恵を人に教えた産物だ。人類は集団生活に必要な大量な食料を大河が恵む肥沃な土地に定住して、貯蔵保存の利く穀物を生産する農耕生活の中から、自然と集団との付き合い方を学び、様々な儀式としきたり、政治と祭事、その用具や約束、生活道具をあみだし、祭・食・住・衣と暮らしの方を培った。その過程で、味覚の創造と美意識を洗練させてきたわけで、文化とはその生活様式総体を指すわけだ。ポリネシアン、モンゴリアン、インディアン、等等、人が集団で平和に暮らす為の知恵を畏敬の自然界から学び、その統治の生活の規範を踊りで歌で祭りで伝承してきた。いわば宇宙(大自然)の「摂理」から「憲法」を、農耕定住に適したその地の気候風土から「節度」「法律」を、生き抜く知恵として見いだした。自然の恵み山海の幸に畏敬と感謝をカルト(祭り)する「謙虚」を知り、土に始り土に返る自然循環する自然と「調和」の生を学び営んだ。

ところが、狩猟略奪移動の民たち西洋文化の支柱はギリシャのアテネで開かれた学問と言う名の論理ゲーム「アカデミー」から始る。傲慢にも頭で紡いだ「憲法」と「法律」ゲームのルール。西洋の真のインテリたちは日本文化に直面して、真のルールがゲームで遊ばれる「アカデミー」にあらず、人の手を超えた大宇宙、自然界のルールで律せられていると、初めて自然界の「摂理」から「謙虚」さと「節度」ある「調和」を知ることとなったワケだ。その証左こそ『真の宗教ではなかろうか』と、ゴッフォに言わしめたカルチャーの起源 カルト(祭る)だった。リーマン破綻から1年を期に先日、ウォール街でオバマ大統領は『節度も節操もなく暴走したMBAを信仰した金融工学の果てにアメリカ経済を破綻させ、世界経済を揺るがした「傲慢な懲りない強欲たちが」もうすでに復活跋扈している』と警告をならす演説をしていたが、自然界から生きる糧を恵みを受けない狩猟略奪移動の民には、自然への「畏敬」「謙虚」などは毛頭だ必要もなく、彼らの生きる糧は理屈遊び「アカデミー」がお墨付けする「高等な詐欺」として正統化されるのも致し方なしなのだ。

美術を志した者なら周知の通り、色を表す言葉が一番多い人種、国は日本だ。それは縄文時代に定住のキッカケともなった豊かな森林にある。あまり知られていないのだが日本は世界一樹木の種類が多い国土。実に三分の二を覆う豊かな森林資源を有する。その四季折々に実る森の恵みから定住が始まり、その広葉樹から針葉樹までの多種多彩な森を彩る文字通り樹木の、若葉の萌黄、深緑、紅葉、そして落葉、枯葉にいたる微妙な季節感から繊細な色彩感を育んだ。やがて、南北に細長く徒然なる四季の移ろう海と山が隣接した平地の乏しい土地での稲作を通じて自然から学んだ生存の知恵、生き抜くDNAは、小津安二郎のひと雫の水滴に写る世界じゃないが「ミクロコスモス」、小さな自然から大きな宇宙を愛でる文化に進化する。「桶」と「盆栽」ミニマルとフィギア「かわいい緻密」を生み出すわけだ。ゴッフォが日本文化と遭遇し学んだ真理、日本文化の真髄とは「一介の草が宇宙を思惟」するという足元にあった。まるでパスカルの「考える葦」のように。

昨夜渡米した新政権の鳩山総理は国連総会で来る25日、世界に先駆けて25%のCO2削減宣言をするらしい。そもそもCO2など排出しない自然循環型の文化を育んだエコ先進国が日本。体にやさしい食文化。地球にやさしい住文化。いつの時代も世界が好奇に求める日本文化は、この地の気候風土が生み出した地球上どこにもない人類文化のガラパゴス。西洋の模倣の果てに脱官僚政治を標榜する新総理には、3000年来の日本文化を代表して西洋の理屈コストカットだけではない、文化こそ究極の経営資源を心得て外交デビューを果たしていただきたいと切に願う。そもそも、この宇宙の地球の海も空も陸地も誰の者でもないのだから。傲慢な狩猟略奪の紛争文化、西洋の覇権利権主義にあらず。あらゆる生命の営みに必要な共有財産なのだから。そして、国内で言えば宮崎県知事の活動のように、世界でも各国固有の文化こそ営業すべき経営資源なのだから。かつて19世紀末、憂国した薩摩藩士による日本の西洋デビューに端を発して20世紀初頭、謙虚な引き算モダニズムが生まれ世界を席巻した。その旗手コルビジェがスーパーバイザーとなって往時のモダニスト建築家集団によって国連ビルは建てられた。そして21世紀初頭の今、故丹下謙三の門下生 槙文彦が新国連ビルの設計をまかされた。殿下の宝刀「元祖自然循環型社会」の日本は、今再び日本文化の最先端環境技術を国策として無償で提供してでも国連営業をすべき好機到来だ。太陽光エネルギー、燃料電池、ロボット、ガラス、精密機器、様々な日本の新技術をちりばめた先進の国連ビルの建設のために。それこそ日本の経営資源「日本文化」の究極のショールームと化して未来の日本産業が世界に貢献し世界市場で発展させる唯一最速の道。老人をなだめすかす姑息で内向きな税金の無駄使い狩りだけにと止まらず、税金を湯水のごとく世界の未来に投資する時。日本のリーダーによる国連での演説と日本の英知による国連ビルの設計こそ、21世紀の日本文化の広告塔。世界営業のシンボル。日本のブランディングだ。

僕はメディアに叩かれ若い国民にさえ総スカンをくらい結果、民主党を勝たせるかっこうの標的となった「アニメの殿堂」こそ、日本の未来を救う唯一の国策だと考える。100億なんてケチを言わず1000億をかけるべき日本の文化営業のシンボルだと考える。年間の維持運営費が100億の規模なのだ。お台場なんて姑息なレジャースポット思考を排して、博覧会のコマ割りブースのようにチープな表参道ヒルズを解体して、都心のリアルストリートに燦然と建つ日本の建築最前線を建立する国家的プロジェクトだと。高速道路無料化や子育て支援に税金をばらまく愚作をやめて、太陽光エネルギーを始めとした最先端技術「文明」と鳥獣戯画に始る日本の源氏絵、浮世絵、マンガ、アニメの最前線「文化」に関わるあらゆる企業、才能が結集して取り組むべき、世界の日本の未来に投資すべき国策だと。文化産業を咲かせなければ、未来に遺跡は残せない。世界で一番「世界遺産」が大好きな国民なのに、世界の人類の日本の未来1000年後に残しうる遺跡を創造するという思考が欠如した悪しき西洋化、舶来信仰で、自らの存在意義アイデンティティを喪失した不幸な100年から脱する時。1年を通じて月を愛でるためにだけにしつらえた桂離宮の斬新なモダニズム。1300年来の東大寺。未来の遺跡建造こそ、そこに投入される「技術」と「芸術」こそ、未来永劫に潤う経営資源。先人の生き様3000年来の歴史を知るに、コストカットで文化を未来を創造できない貧相な日本ではないはずだ。もうとっくに、日本の家電、日本の自動車、日本のガラス、日本の土木、日本の水着、日本のマンガ、日本のアニメは地球の隅々まで行き渡り、日本の映画、日本の野球さえ、とうの昔に本家を追い越し、そしていよいよ20世紀の紛争の火種「石油」も「原子力」も使わない「太陽光発電」の21世紀。電気自動車、燃料電池、自然エネルギーが自己完結する住宅・オフィス・建築、人を支えるロボット、健康和食にカワイイカルチャー。元祖エコロジカルでヘルシーな人にやさしい地球にやさしい『MIJ」が未来を開くって時代なのだ。理にかない「精緻で緻密」「雅でかわいい」技術と芸術『MIJ』が、東西問題なきあと20世紀の積み残し最後の課題、南北格差と低炭素社会を解決する地球平和の勝ち残った人類生存のDNAなんだけどネーみなさん!どう思います。

東京のど真ん中、表参道にしつらえた「小さな大宇宙」プラダビル。まるでイサム・ノグチの灯りを建築にしたような間合いと風情ある佇まい。日本文化の真骨頂をスイス人建築家にしてやられた不甲斐ない日本の現状だ。付け加えれば、アメリカの文化、映画産業ハリウッドのアニメの殿堂「ウォルト・ディズニーの本社ビル」は故 丹下謙三の門下生 磯崎新の建築だ。MIJがミッキーを象った。

2009/09/15

トラッド・ジャパン

1955年、自由党と日本民主党の鳩山一郎、大野伴睦らによる保守合同で結党されて54年、戦後日本を築いた保守政党「自民党」がついに瓦解してしまった。くしくも明日は開国以来150年、日本の政治家、役人たちが一貫して妄信してきた西洋かぶれ「舶来」信仰の果て、皮肉にも「自民党」の祖師 鳩山一郎の末裔 鳩山由紀夫による「民主党」政権が発足し、二大政党制が始る。日本の伝統文化を重んじ西洋化を促進する施作の中で「保守」と「伝統」の違いに不理解だった故、瓦解した自民党の様は、同時に戦後日本人の「日本文化」と「伝統」の不理解の現れでもあるのだが。「伝統」ドラディショナルとは、その語源ラテン語によれば「引き継ぐ」トランスメットルと「裏切る」トライゾンの二つの意味が内在している。伝統とは保守する事にあらず。先人の生き抜く知恵を「引き継ぎ」つつ、誰よりもどこよりもいち早く大胆に「裏切る」。改革、革新する事によってのみ脈々と継続される事を指す。誰よりもどこよりも先に改革、革新できなかった「自民党」が、その先人の「言葉の伝統」教えを理解できなかった事の証左なのだが。


文化」とは何か?「美」とは何か?古くは「東方見聞録」に記された西洋が理解できない謎の文化「黄金国ジパング」に始まり、19世紀末パリ万博でのジャパン・デビューで、文字通りカルチャーショックを受けた欧州のジャパンオタクたちによるジャポニズム「印象派」の誕生。近年では「東京カワイイ」が世界を魅了するワケ。「世界は日本がお好き。東京がお好き。」日本人でさえわかっちゃいないそのワケを語り伝えるのがライフワークのようになってしまって20年。その公的な好適テキストをついに発見!「英語でしゃべらナイト」以来、傑出した語学番組の新境地を数々開拓してきたNHKの英語で伝える日本文化「トラッド・ジャパン」は、お見事!とかく映画「おくりびと」の様に、エキゾチックな作法、儀式のみが一面的に伝えられがちな日本文化。その正確な真髄をディープな意味由来を短い文章にもかかわらずわかりやすく伝える最適テキストだ。戦後の日本文化教育を受けなかった無教養な我々が読んでも、もちろん外国人が読んでも、簡素に明快に一読了解一目瞭然。ぜひバックナンバーから揃えてご一読されたし。さすがNHK、超お値打ちの580円。


今、発売中、オンエア中の 9月号「織部焼・神輿・桂離宮・箸」では、アテネに始る頭で作られた「西洋文化の定義と表現」と、すべてを四季折々徒然なるままな自然界から学んだ「日本文化の定義と表現」の違いについて明快だ。とりわけ織部焼のくだりでは、けっして奇麗じゃない、歪(いびつ)な容姿、無骨な風情、不快な手触り、等等、西洋の整える奇麗な美との違いの説明は秀逸。「サルでもわかる比類なき日本文化の解説書」必読必見!

2009/09/11

アニー・リーボヴィッツ

息するように生きている事がクリエイティブだった時代がかぶり、5年先輩の写真家 アニー・リーボヴィッツのドキュメンタリー映画「アニー・リーボヴィッツ/レンズの向こうの人生」(2008年公開)を2回も魅入ってしまった。


誰しもが通過する思春期。人生で一度しかない急激な身体変化に付いて行けない心が、家庭と自分、社会と自分、異性と自分、他者と自分の推し量れない もどかしい距離に戸惑う理由なき苛立の季節。突然、大海に放り投げられて、一体どう泳げばいいのか?どっちに泳げばいいのか? ただただ力まかせにジタバタもがく。そんな自分がわからない、位置が見えない不安と焦燥、すべてが不確かな心模様に遭難してしまう。たぶん生まれたてなら、力む事なく無垢な本能からプカプカ浮きながらバブバブニコニコ海遊するのだろう。生まれた家庭環境から見よう見まねで家族の地域の時代のしきたり、言葉を仕草を行動を模倣して、少し人っぽくなり始めると直面する自我の目覚めは、バランスの取れない体と心に、無心と自意識の狭間に、翻弄されてしまう。

多感な季節を過ごした時代。小・中学生だったローティーンの60年代。高校・大学・社会人となったハイティーンから25才までの70年代。第二次世界大戦が終わり20年、世界は戦後生まれが大学生世代になり始めたころだ。日本で言えば団塊の世代。アメリカならフラワーチルドレン&ヒッピー満開。欧州ならフリーセックスを唱えたウーマンリブが台頭し今日のフェミニズムの黎明期。世界のニュー・トゥウェンティーたちは既成概念を嫌悪し体制を声高に批判した。それは人類誕生から400万年をへて人が初めて直面する、まるで人類の思春期のような、何でもかんでもアンチな時代。メインストリームVSサブカルチャーと、東西の冷戦のように対立させ、音楽、演劇、舞踏、美術、広告、衣装、写真、書籍、雑誌、映画、建築、あらゆる表現が、エロ・グロ・ナンセンス〜!と、理由なき苛立ちに突き動かされて家庭内暴力をふるうアナーキーなゲバルト「壊す事が創る事」の時代だった。

そんなゲバルトなクリエーションが地球をおおい、その熱波に浮かれたおませな僕は、映画「あの頃ペニー・レインと」の主人公ウィリアムとほぼ同世代。1973年、家出した姉のベットの下に残された置き土産のレコードからロックに目覚め学校新聞にロック記事を書いていた15歳のウィリアムは、伝説のロック・ライター「クリーム」誌の編集長レスター・バングスに見初められ、ブレーク直前のロックバンド、スティルウォーターの全米ツアーを同行取材するローリング・ストーン」誌の記者に抜擢される。サンフランシスコで誕生したローリング・ストーン誌の創刊当時を忠実に再現した編集部、編集長、スタッフ等、登場するすべてのキャスティングとセットがリアルなのには驚かされる。

1973年24歳で、そのローリング・ストーン誌のチーフカメラマンとなったアニー・リーボヴィッツ。まるで映画のように1975年、ザ・ローリング・ストーンズに同行しシュートしたツアー写真が出世作となり一躍スターカメラマンと上り詰める。1980年、ジョン・レノンとオノ・ヨーコを撮影した5時間後にジョンは凶弾に倒れ、写真はジョン・レノン追悼号の表紙となって再び歴史を作り、以後、マイケル・ジャクソン、マドンナと、常に時のカリスマを撮る人物写真家を確立。1983年には「ヴァニティ・フェア」誌からのオファーを受けて10年在籍したローリング・ストーン誌から移籍。それまでのアーティストから、より幅広いセレブリティーのポートレートを撮るキャリアを積み、1991年 デミ・ムーアの妊婦姿のヌード写真が論争を呼び再び歴史を作る。1998年「ヴォーグ」誌からのオフィーで移籍後は、従来のポートレートから作り込まれた独創的な詩的ファッション写真の新世界を切り開き、今やディオール、ルイ・ヴィトンを始め、彼女の写真は世界一セットにお金がかかるにもかかわらず世界のメゾンが行列をなす。写真を美楽するポートレートのファンタジスタ。1949年 コネチカット州ウォーターバリー生まれの59歳。

Rolling Stone (January 1981)
Annie Leibovitz

Vanity Fair (August 1991)
Annie Leibovitz

VOGUE (June 2008)
Annie Leibovitz



90年代以降、テクノロジーのクリエーション、IT革命は世界を一変させた。老若男女も知識の有無も貧富の差も、人種も地域も国も時間も等価等列にした。コミュニケーションのクリエーションの、幅も規模も多種多様に自由度を拡大した。がしかし、この20年、息するように生きている事がクリエーションだった、あの「壊す事が創る事」だった理由なき苛立に突き動かさた熱波、ほとばしるパッションやエモーションを感じない涼しすぎる今に滅入るのは、僕の感性が、もはや老朽化したせいなのか? 自民党が結党された1955年生まれの僕も解党的立て直しが必要なのか? ローリング・ストーン誌のカバーに衝撃を受けた頃が懐かしい。アニー・リーボヴィッツの絵画のような肖像写真には今も目が眩むのだけど。

2009/09/07

めく

色めく、艶めく、時めく、春めく、秋めく。「めく」って、他に思いつくだけでも、ざわめく、(蠢)うごめく、(閃)ひらめく、(轟)どよめく、(生)なまめく、(犇)ひしめく、(揺)ゆらめく、(煌)きらめく、(秘)ひそめく、(呻)うめく、(仄)ほのめく、(目眩)めくるめく、なーんて、もー沢山。辞書によると、[接尾]《動詞五(四)段型活用》名詞、形容詞・形容動詞の語幹、副詞などに付いて動詞を作り、そのような状態になる、それに似たようすを示す意を表す。とある。「そのような状態になる」「ようすを指す」って言えば、秋についても、初秋、中秋、晩秋、なんて移ろいを表したり。二十四節では、立秋、秋分、なんて頃合いもある。JR東海の名物キャンペーン「そうだ京都、行こう。」のCMでも「中秋の名月」編がオンエア中。今朝はとっくに夜が白んだ6時すぎまで満月は天高く、月夜に誘われ昨夜の表参道につづいて、今朝のタロ散歩は新宿御苑まで行ってしまった。春めく、秋めく、って、季節の始まり、音連れ、気配を指すけど、夏めく、冬めく、とはあまり使わないのは僕だけだろうか?

月に誘われ原宿だ新宿だと気分で連れ回される老犬タロは「よろめく」のでしたー。

 
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