2009/08/07

すこし愛して、なが〜く愛して。永遠に。

なんて年なんだろう。春を待たずに飯島愛ちゃんの孤独死。川村カオリさんの壮絶死。そして若き日の憧れ、麗しきマドンナだった大原麗子さんの孤高な終演。大好きな女性たちが次々と逝ってしまう。たぶん今ごろ全国の中年オヤジのブログタイトルはこれでしょう。ショックです。大原麗子さんが死後数日間も発見されなかったなんて。明日を知る者は誰一人いない人生の掟を思い知らされる。まだ62歳だよ。甘く嗄れた声と趣きある佇まい。愛らしい笑顔。しっとりとした仕草。風情ある独特の日本美人。憧れの年上の女性だった。

名作サントリー「レッド」のCM

まだ僕が百貨店の経営企画室に勤務していた26才。後にも先にも500人級の華燭の典をあげて結婚した最初のカミサンは、女系3代に渡り草月流と裏千家をたしなむ島田社中の次女で、お茶事に生け花、着物に懐石はお手の物だったが、フィオルッチやディグレースが大好きなお洒落さんで青山ケンネル出のドッググルーマーでもあった。お洒落とワンコで意気投合が馴初めだった。そして彼女のお姉ちゃんが僕より1つ上。当時、築地電通のクリエイティブ勤務。そのお姉ちゃんのボーイフレンドが、大原麗子を時の人にしたサントリーレッドのCM「すこし愛して、なが〜く愛して。」のコピーライター村山孝文さんだった。そのコピーはその年のTCC(東京コピーライターズクラブ)クラブ賞を獲得。社会現象、流行語にもなって、今や辞書にも載る恋心の名言だ。当時、僕らとお姉ちゃんカップル4人でのご飯会の席で、彼からそのヒットコピーが生まれた制作裏話を聞いた。売れっ子コピーライターだった彼はあっちでロケ、こっちでロケと飛行機で飛び回っていた締め切り前、グアムロケからの帰国の翼で思いついたフレーズをすかさず目の前にあった機内のゲロ袋に書き留めた。レジェンドって、いつもこんなメモから生まれるんだよね。80年代初頭は、カメラマンの時代、続いてイラストレーターの時代と先行した「視覚」世界から、広告クリエーターのスターの座は、コピーライターの時代に大きくシフトした時だ。時の主役は長沢岳夫、糸井重里、仲畑貴志、真木準、魚住勉、村山孝文、らの「言葉」の世界。それを育てて時代を席巻したのがサントリー、西武百貨店、パルコ、伊勢丹。広告が時代の気分を作った最期の季節。記憶に残る言葉と映像が語り継がれる。「すこし愛して、なが〜く愛して。」永遠に。あぁ。ハロちゃんに会いたくなっちゃった。

4 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

このCMコピーは、85年にガンでなくなった博報堂のCMプランナーの藤井達朗さんです。
お調べください。

匿名 さんのコメント...

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匿名 さんのコメント...

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匿名 さんのコメント...

違います。村山さんです。
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