2009/11/01

今年一番の思い出の朝は

近所に3軒のコンビニがある。それぞれほぼ1〜2分。裏口から出てすぐが、寝癖頭も気がねなく行ける、本当にコンビニエンスなローソン。正面玄関を出て、深夜・早朝ならすぐ渡れる通り左にあるファミリーマート。ここは冷凍お弁当が豊富でいい。3軒の中で一番遠いといっても2分かかるだろうか。ただ明治通りを横断するので信号待ちがあるから一番ひと目に付き、寝起き姿が少々気になるミニストップ。冬の夜中はさすがに着の身着のままでは行けない距離か。ただミニストップは千駄ヶ谷生協より大きいのでって、生協が異常に小さいコンビニサイズなんだけど、品揃えが豊富で夜中のミニスーパーとして大変重宝。そのミニストップには、ほぼ毎日、早朝4時くらいから7時前ぐらいまでの間に通うことになる。国立競技場までのタロ散歩定番コースの出鼻に位置するからで、このコース、早朝は日陰の銀杏並木の1本道。だから、真夏にはうってつけ。そして帰路、ここで道草・寄り道・買い食いするのが〆となっていた。店名どおりにミニストップ。あとは信号を渡れば家なので。


熱帯夜あけの8月初旬のある朝。いつもどおり明治通りの信号待ちをして、もう漏れそうなタロは青に変わると一目散に渡りきって最初のトイレが銀杏並木。風が凪ぎ、昨夜からの熱が目に見えない朝靄のようにたちこめる。並木の木立では、夜通し愛を語り明かした蝉の大合奏。木漏れ日さえ、すでに照り返しの朝日が刺すような強火。熱が上がる直前の暇。これぞ真夏の朝。そこから50〜60mぐらいのちょっとした坂は、大木の生い茂る葉ずれが心地いいアーチで風の通り道。散歩で最初の憩いのトンネル。ここを抜けるとミニストップだ。ちょうど坂を見上げるかっこうだから、上目ずかいの視界の先に店が見える。店に近づくにつれ、店頭に並ぶベンチに誰かが寝ている。よく酔いつぶれたサラリーマン君が寝てたり、疲れ果てたホームレスさんが首をうなだれて座っていたり、白人のナイスガイ君が夜遊びの帰りなのか、何か食べてたりと、深夜・早朝でも、ぽつんぽつんと人がいるベンチで、おひとりさま外カフェみたい使い勝手のいいベンチだ。が、今朝はそのアイレベルに、すやすやと吐息が聞こえてきそうな眠り姫がベンチの端からおみ足を垂らしていた。素肌にコットンのワンピをかぶっただけのような真夏の薄着。熟睡している彼女の無防備な開き気味の生足が目に入る。このまま普通に歩けば、覗く気がなくたって僕の視線には、露な生足の先の股間を見つめてしまう。まずいなぁーと視線を避けるようにタロと急ぎ足で通り過ごした。


歩きながら寝起き頭は騒然となった。夜遊び疲れ?酔いつぶれ?夜中の買い物帰り?いずれにしたって、ひとりとは。健康的で清楚な女子が。正直なところ股間はともかくベンチに眠る彼女の全体像は眺めたかった。普通に見かける事などあり得ない、稀に見る瑞々しい女子の無防備な寝姿。ベンチは建物の影で涼しいが、垂れた足だけが、まだ角度の低い朝日の強烈なピンスポットを浴びて、産毛が黄金色に浮き立ち、ひときは白肌が映えて眩しかった。どういう成りゆきで彼女はひとり、あのベンチに横たわっているのだろう? 30分ぐらいの散歩コースをひとしきり歩き、日焼けするほど汗だくなった帰途、日陰の銀杏並木をもうすでによれているタロと戻ると、えぇーっ まだ寝てるぅー。気になる彼女を横目にミニストップのお隣にいるライオン像でタロを待たせて朝食を買い店を出た。一瞬、おせっかいかもしれないけれど、彼女の安全を考えて店員さんに告げようとよぎった。いや白状すれば、露な姿態を通りすがりの男たちに見せたくない。いや見られたくない。あたかも自分の恋人のような錯覚にかられたと言うべきか。数段高い店の入り口は、坂道からじゃなくても、彼女の姿態は往来の車からも、通勤者からも十分すぎるほど見えるからだ。タロと坂道を下り始めながら、振り返って彼女を起そうと心が動いた。「見知らぬ女子を見知らぬ男が起す」「その後どんなリアクションが待っているのだろう」「彼女はびっくりして覗き痴漢に間違えられるんではないだろうか」「いやもう起きるだろう」「増え始める通勤者たちの気配で起きるさ」「店員が気がついて起すよ」「誰かが起すか店員に知らせるにちがいない」妄想はめぐり家に着いた。僕は結局、振り返る事なくその後の顛末を知らない。


あの夏の朝の眩しい迷い。それは、朝日を浴びてベンチでうたた寝する彼女が「魅せられて」(ベルナルド・ベルトルッチ監督 1996 )に登場するルーシー(リブ・タイラー)のラストシーンとかぶったからだった。ハイティーンのアメリカ娘が自殺したアーティストの母の思い出の地を5年ぶりに訪ねる一夏の出来事。刺激的でゆるい高雅な時間が流れるトスカーナの美しい田園。母の友人たちの詩人、作家、彫刻家たちとの大人びたふれあい。映画は大きな木の麓で、地元トスカーナの青年とのしと寝で迎えた爽やかな朝日を背に終わる。彼女の背中についた干し草が晴れやかなロストバージンの思い出の夏を締めくくる。その朝を見知らぬ彼女は蘇らせてくれた。今年一番の思い出の朝は、まばゆい映画のようだった。原題の stealing beauty そのものの。

「魅せられて」stealing beauty 1996

P.S. もう、11月。雪待月だ。暦を待ちきれないかのように故郷では初雪のニュースも聞こえてきた。今日も眩しい朝日を浴びられるといいなぁ。2000年、最初の10年の千秋楽か。

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