ヤクザ映画が全盛期だった60年代〜70年代、中でも任侠映画の金字塔と誉れ高い菅原文太の『仁義なき戦い』などは観客が映画館を出るなり、みな一様に肩を怒らせ外股で風を切って歩いていた。なんて、すっかり映画の世界に引き込まれた観客が無意識にも主人公になっちゃって。ボクはヤクザ映画には縁がなかったけれど、映画館を出てもしばらく余韻が引きずり現実の世界に戻れない事はしばしばあった。2時間の別世界に浸ってしまう。それだけ雑念なんて吹き飛ばすほど魅入ってしまう、いい映画だったのだろうけれど。しかし思い起こせば、1992年(36歳のころ)フランシス・フォード・コッポラの『ドラキュラ』を観て以来、映画館の外に出て冷たい外気と騒音にさらされても余韻が冷めず現実に戻るのに何時間もかかったなんて映画には遭遇していないかもしれない。ついでにいえば、1969年、高校1年で観た「2001年宇宙の旅」なんて、映画館を出てからどうやって家まで帰ったかさえ覚えていないほど、頭が真っ白になった。なんせ、16才が観た世界は32〜3まで覚めなかったんだから。
おっと本題。この「余韻を引きずる」「余韻が冷めない」こそが、料理の美味しい名店の証なんだとボクは島宮さんと出会った26〜7のころから思っている。そもそも名店と呼ぶべき料理屋は、その店にたどり着くまでの佇まいがすでに食前酒で前戯。そして素人が想像もつかない一手間も二手間もかけたこしらえあって料理が旨いのはもちろんだし、食材がいいのも、器、家具調度品、道具も旬と息合う、まるで裏地に凝るような気負いのない意地と見栄の粋が潜み、とどめは間合いのいい料理の出しとほど良い距離の会話。何より終始一貫、客を見定めしない慇懃無礼のないもてなしの居心地の良さ。非日常の味覚と居心地で脳は至福でまったりとろける。そして、ご丁寧な見送りをうけて余韻をひきずる帰路の風情。これで完璧。湯上がりのように気持ちよくまったりと力みがほぐれた至福の余韻が、店を出るなりいきなり車の往来、人混みの喧噪、駅の長い階段、駆け込みの終電、くたびれた車内の表情に襲われるような超現実じゃ〜 恋と一緒、セックスと一緒、百年の恋も興ざめる。至福な眠りに誘うまどろみの後戯まで丹念にしつらえてなんぼなのが、お代に代えがたい名店だとネ。そう考えると、東京はセレブが集うメディアが煽るこれ見よがしの超高級店は有象無象にあるけれど、前戯から後戯まで味わい尽くせる風情あるしつらえの店がいったい何件あるのだろう?と懐疑するのはボクだけだろうか。
千花(ちはな)〒605-0074 京都府京都市東山区祇園町南側584 TEL.075-561-2741
写真は京都祇園の「千花」。たった1度しか行った事のない店だが、今朝「ミシュランガイド京都・大阪 2010」を覗いて三ツ星だったとは大納得。いい店は前戯も後戯もさりげなく長〜くイカせるのがお上手ですって。あっぱれ!それにミシュランもなかなかやるじゃないと見直しちゃったりネ。もてなしも軽く品のない気をてらった器使いにはがっかりな「かどわき」が2年連続、星二つなんて信じられないバッドセンス!だったから東京版じゃ。
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